B:森林の女王 スコッグ・フリュー
畑の益虫を片っ端から喰らう、レディバグの女王「スコッグ・フリュー」。その食欲は留まるところを知らず、ついにはチョコボや人まで襲うようになったらしい。
硬い甲殻に守られているため、討伐は手こずりそうだ。
~手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
「グランドカンパニーの新参者は知らんのだよ、元は海賊だからな」
背を向けた白髪の老人はしゃがれた声で言った。
「ラノシアは元々農家より漁師が多い地域だから知らないのも無理はないが、この地域の農家は昔から害獣や雑草を駆除するために代々スコッグ・フリューを飼育して使ってきたんだ。」
老人は歳の割にはしっかりした足取りで斜面を切り開いて作った果樹園の中を歩き始めた。
「この辺りは温暖だからな、一年中何かしらの農作物が収穫できる。そのために畑をいくつも持っているわけだが、なんせ人手が足らん。だからスコッグ・フリューに守ってもらうのさ」
「スコッグ・フリューは農作物を食べてしまわないの?」
老人の後を歩きながらあたしは言った。
「うむ、確かに彼らの元となった野生種は雑食なんだがね…」
果樹園の傾斜は段々きつくなるが、老人はものともしないで登っていく。寧ろあたしの方が少し遅れがちになる。
「家畜用に種を改良する過程で肉の味も覚えさせるのさ。そうして出来上がったスコッグ・フリューは雑草よりも肉を好むようになる。死肉より生きた肉をな。」
果樹園の木々に終わりが見えてきた。
「農地に生えた雑草と一緒に農作物も食う事はあるが、そんなもの奴らへの手間賃くらいの量さね」
果樹園を抜けると斜面はなだらかになり、青い芝のような、丈で言うと踝くらいまでの草が地面を覆っていて、海風が丘の麓から吹き上げる。気持ちのいい草原といった感じのスペースが小高い丘の山頂まで続いている。更にしばらく緩い斜面を登ったところで老人は足を止めて振り返った。
キラキラと光を反射するロータノ海の水面の上に、本来であれば白亜のリムサ・ロミンサが海に沈む夕日を背に黒くシルエットになっている。夕日に照らされた雲が赤やオレンジや紫色のグラデーションとなって色鮮やかな絵画のような幻想的な景色を演出していた。
「あれが原因だよ」
老人は今しがた登ってきた果樹園の方を指さす。
果樹園は斜面を下りきってその先の平地まで伸びているのだが、その先端が不自然にスパッと切られたように整えられている。よく見るとそこは真新しい道のようなものが横切っている。位置的には商団のチョコボがスコッグ・フリューに襲われた現場の近くだ。
「最近出来た街道だよ」
老人がポツリと言った。
「昔、果樹園はもっと海岸線の方まであってな。儂ももうこんな歳だ。少しづつ手入れが出来なくなった果樹園の土地を国に切り売りしてきたんだが、数年前、国はその売り払った範囲を遥かに超えて今の位置に突然街道を作ったのさ」
「何の説明もなしに?そんなことが許されるの?だってお爺さんの畑じゃない」
あたしは老人の方を見ながら聞いた。
「元が強奪を旨とする海賊どもだからな。何度か切り売りしていたもんだから、また手入れできないだろうとか、金で手放すだろうとか、都合よく多寡をくくったんだろうさ。街道が出来てからリムサから役人が来て気持ち程度の金を置いていったよ。先祖代々の土地だったんだがな」
老人は少し寂し気に言った。
「酷い」
あたしは頭にきて口を尖らせた。
「まぁ、出来ちまったもんはしょうがねぇが…」
大きく息を吐きながら、孫くらい歳が違う小娘が自分の為に腹を立てている姿を少し目を細めて見た。
「本当にかわいそうなのはスコッグ・フリューさ」
また視線を街道の方に向けて老人は言った。
「スコッグ・フリューは元々大食いでな。自分が満足する量の食料を確保して、それを守ることに一生を費やす」
老人は手近にあった草を千切ると口に咥えた。
「つまりな、縄張り意識が異常に強いのさ。儂が飼っとるスコッグ・フリューは当然、儂の畑全部が縄張りだったわけだ。それが少しづつ、少しづつ減って、遂には突然その先に交通量の多い街道まで出来ちまった。何が起こっているのか理解も出来ていないだろうよ」
ゆっくり夕日が沈んでいくにつれ、空が深い紫色に変化する。
「なぁ、ねぇちゃん。無理は承知なんだが、奴を見逃してやってはくれないか?」
あたしは視線を足元に落とした。気持ちは分かるし、リムサの役人が横暴なのも分かる。だが…。
「お爺さん、何とかしてあげたい。だけど、人を襲っちゃったらもうどうにもできないよ…」
老人はまた深く息を吐いた。
「そうだよな。人を襲っちゃあ、ただのバケモンだもんな…」
気の強そうに見えていた老人が今はやけに小さく見えた。